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モーツアルト(W.A.Mozart)

イタリアやドイツ、フランスなどでおこった古典派音楽の完成者はモーツアルト(1756〜1791)である。古典派音楽は、芸術的にはロココ様式を背景におこってきた音楽である。モーツアルトは音楽におけるロココ様式の完成者であり、さらにロココ様式を越えてロマン派に似た音楽を生み出している。ベートーヴェンを古典派の完成者とみなす考えもあるが、ベートーヴェンには、ロココ様式は全く見られない。ベートーヴェンは、ロココ様式を全く顧みなかった作曲家で、古典派の完成者ではない。むしろ、19世紀ロマン派の創始者である。これが、ヨーロッパの芸術思想から見た適切な見方であると思う。

モーツアルトは、父レオポルトとともに、子供ころからドイツ、イタリア、フランス、イギリスとヨーロッパの各都市を旅行して、各地の古典派の音楽を身につけていった。このようにして、モーツアルトは、国際的な古典派の様式を確立していくことになる。16歳には、一流のイタリアオペラを作曲している。ヨーロッパの各地でおこった古典派音楽は、天才モーツアルトにより総合され完成されていく。

モーツアルトは、特に、ロンドンのクリスチャン・バッハの影響を強く受けている。クリスチャン・バッハは、前述したように、イタリアオペラの作曲でロンドンで活躍し、作風は、洗練された愛の感情を感じさせ、早熟のモーツアルトは、すっかりクリスチャン・バッハの虜になってしまった。彼が16歳の時に作曲した歌劇「ルチオ・シルラ」(Mozart's"Lucio Silla")は、クリスチャン・バッハの同名のオペラを意識して作っている。モーツアルトは、クリスチャン・バッハから受け継いだロココ風の愛の感情を深めていく。そして、モーツアルトは生涯を通して愛の感情を表現した作曲家であった。

モーツアルトの作風は、ザルツブルク時代と、ウィーン時代で大きく変化している。ザルツブルク時代にモーツアルトは、音楽のロココ様式を完成する。しかし、ウィーン時代に入って、彼の音楽は、主観的になっていき、淋しさや哀しみが感じられるようになる。ロココ的な古典派様式を越えて、ロマン派に似た主観的な感情の音楽に変わっていく。このようなモーツアルトの音楽とその変化を見ていくことにしよう。

神童モーツアルト(An Infant prodigy Mozart)

作曲家の中には、少年時代から才能を現して神童と言われた人が少なくない。モーツアルトも、6歳でシンフォニアを作曲して、11歳でオペラを書いたのだから神童と言われるのに相応しい人物である。しかし、少年時代に書いた曲が試作品ではなく、本格的でプロ級であったのはモーツアルトの顕著な特長である。

モーツアルトの処女作のオペラ「アポロンとヒュアキントス」KV38(Mozart's "Apollo et Hyacinthus"KV38)は、モーツアルトが11歳の時ギムナジウムの終業祭の公演のために数ヶ月間で書かれたもである。台本はラテン語で、古代ローマの詩人オヴィディウスの「転身物語」が原典になっている。5人の神話的な登場物がいて、全て、ギムナジウムの少年や教師で演じられたらしい。その水準は、今日では考えられないくらいのレベルであったといわれている。
 
このオペラは、1時間半ぐらいで、規模は小さいが、軽快な序曲、美しい合唱、軽妙なレスタティーヴォ、そして溌剌とした明朗なアリア、どれをとっても作風は一流で、現代人でも飽きることなく観賞することが出来る。これが、11歳の少年が作曲したものとはとうてい思えない。曲想は、前古典派風のロココ様式をよく感じさせる。というより、曲全体に「ロココの風」が吹いている。素朴だが牧歌的な美しさに満ちていて、少年モーツアルトの天真爛漫さを感じさせる。

                                         「序曲」の楽譜

                                        

序曲の楽譜を見ても、小学生が書いたものとは思えないような、プロ並みの筆跡である。原符は、162ページにわたっている。しかし、何といっても素晴らしいのは、序曲の後に歌われる合唱である。
この清純で美しい合唱♪♪は、晩年の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を彷彿とさせる。少年モーツアルトの才能が、いかに高かったかを証明している。モーツアルトという音楽家は、生まれながらの、音楽の天使ではなかったかと思えてしまう。 この合唱は、アポロンを讃える歌である。間に、レスタティーヴォが入っている。 

イタリア旅行
                                                                                               少年モーツアルトの写真

13才から16才まで、モーツアルトは、イタリアに3回旅行に行っている。このころのモーツアルトの作曲技術や演奏技術はプロ並みになっていた。イタリアへ行く以前にすでに、モーツアルトは、オペラ「アポロンとヒアキントゥス」「みてくれのばか娘」「バスティアンとバスティアンヌ」を書いていた。また、8才のときロンドンで会ったクリスチャン・バッハの影響で、シンフォニアをこのころから書き始めている。イタリア旅行では、滞在する諸都市で演奏会を開き大好評を博する。このような評判を背景にして、ヴァチカンを訪ね、システィナ礼拝堂の門外不出の「ミゼレレ」を聞き取り、それを正確に書き写したのである。こうした天才的な才能のため、モーツアルトはローマ法王から「黄金拍車」勲章を授かる。ヴァチカンから「黄金拍車」勲章をもらった音楽家は、ルネサンスの時代に、国際的に活躍したオルランド・ラッソーとモーツアルトの二人のみである。さらに、モーツアルトはボローニアのアカデミア・フィラルモニカによる対位法の試験を受け、ボローニアで破格のアカデミーの会員の資格を得る。この最中に、オペラ「ポント王ミトリダーテ」をミラノで上演して大好評を博する。

二度目のイタリア旅行では「アルバのアスカーニオ」が大好評を博する。三度目のイタリア旅行では、オペラ「ルシオ・シルラ」は成功とはいえないでも、20回以上も再演された。オペラ「ルシオ・シルラ」を書いたときのモーツアルトは、16才であった。しかし、この曲を見る限りモーツアルトの才能はプロ級であり、後期のオペラと比較しても遜色のない出来であると思う。

この写真は、モーツアルトがヴァチカンから「黄金拍車」勲章を受けたときのものである。胸に輝くような勲章が写っている。モーツアルトの若き日の表情がよく現れている。少年らしい真摯さと深くすんだまなざしが特徴的である。

「ルシオ・シルラ」の第1曲のソプラノのアリアは、9分を越える長大なものであるが、のびのびとしかも天真爛漫で天衣無縫な闊達さがある。まるで泉がくめどもくめどもわき上がってくるように、アリアもどこまでもどこまでも自在に歌われて行くようである。さらに、オペラ全体が、明快で純粋である。とくにソプラノのアリアは、天使が歌っているような純真さがある。

このオペラを聞いていると、ふと少年モーツアルトの澄んだまなざしを思い浮かべてしまう。


オペラ「ルシオ・シルラ」 天真爛漫なモーツアルト

10代後半から20代初めのザルツブルク時代のモーツアルトは、楽想が泉のように湧いてくるのをそのまま写したような、まるで天界の天使がそのまま舞い降りてきて歌っているような、天真爛漫でナチュラルな悦びに満ちている。とくに、オペラのアリアにそのような傾向がよく現れている。16才のときに書いたオペラ「ルシオ・シルラ」のアリアには、そのような特徴が顕著に現れていると思う。このオペラの第1曲のソプラノのアリア「行き給え、愛が君を招くところへ」などがである

                                                            ファラオの墓                   ©竹宮恵子

                               



聖歌「いと喜ばしき宴」K243

この聖歌は、モーツアルト20歳の1776年にザルツブルグで書かれた。前年は、ヴァイオリン協奏曲を完成させて、音楽によるロココスタイルの傾向を深めていた。この
聖歌「いと喜ばしき宴」♪♪は、「聖体の祝日のための連祷(レントウ)変ロ長調」K.243の中の一つで、モーツアルトの聖歌の中でも、ひときは清らかで美しい歌である。

                                                   ©竹宮恵子

                  
                    
                     天使の国

                  深く澄みたる まなこ
                  天使のごとき 頬
                  アモールのごとき 姿
                  されど 誰も君を知らず

                  見つめられんことを 願ひ
                  愛撫されんことを 求め
                  慰められんことを 望みても
                  誰も君を 知らず

                  いつも 待てども
                  羊のごとく 素直なれども
                  天使のごとく 内気なれども
                  誰も君を 知らず

                  星を眺めては 涙ぐみ
                  花の散りぬるを 惜しみ
                  鳥のさえずりに 想ひ寄せれども
                  誰も君を 知らず
                                     
                  ただ神々のみぞ 知り給ふ
                  ユピテル大神 鷲になりて
                  天の彼方に 連れ去りき
                  そは 翼持つ天使の国なり

「天の女王」(聖母マリア)K127♪♪

「天の女王」とは聖母マリアの別名である。カトリック教会では聖母マリアは、天の御国で主イエスと伴にましまし、神から天使たちの前で冠を授けられたとされており(聖母戴冠)、主イエスと並んで熱心な信仰の対象になっている。古来からカトリック教会は聖母マリアを様々な彫刻、絵画や音楽で讃えてきた。

モーツアルトは15歳の時に二度目のイタリア旅行に行き大成功を収めて帰国した。帰国後ザルツブルクの教会音楽として天の女王を作曲した。天の女王は聖母戴冠を讃える宗教音楽であり、ミサなどと伴に教会音楽の一つである。歌詞は主に「ハレルヤ」で歌われる。

モーツアルトは、当時のイタリアの古典派様式にのっとり、明朗快活で純真無垢な天の女王を作曲した。第一楽章は、聖母マリアを讃美する合唱として華やかに歌われる。ハレルヤがヴァイオリンと合唱でたたみかけるように歌うところは、まるで天使が翼を広げて天に昇って行くようである。第二楽章は緩徐楽章であり、ソプラノでまるで純真無垢な天使のように切々と歌われる。このような純真無垢な響きはザルツブルク時代のモーツアルトの最も得意とする処であり、またイタリア古典派音楽の特徴の一つでもあった。第三楽章は明朗快活な楽章である。


                                  受胎告知         ムリリョ

                           

古来から聖母マリアは多くの画家により描かれてきたが、スペイン人のムリリョの聖母マリアはとりわけ美しいことで大変有名であった。17・8世紀の王侯貴族は教会や領民のためにラファエロやムリリョの聖母マリア像を好んで収集したが、その代価は街が一つ造れるくらいであったという。19世紀になり、ナポレオンがスペインを征服したが、フランス軍はまず最初にムリリョの絵画をひきとったといわれている。ルーブル美術館にあるムリリョの作品は大部分がその時のものである。この受胎告知は、ロシアのサンクトペテルブルクにあるエミルタージュ美術館のものである。ロシア皇帝のコレクションであり、ムリリョの作品の全集が出来るほど多数を所有している。

スペインはカトリック信仰の盛んな国であり、ムリリョは教会のために多数の聖母像を書き残した。ムリリョの聖母ほど清楚で美しいものはない。この聖母も天使ガブリエルの告知を奥ゆかしく受け止めている。その聖母の美しさはこの世のものとは想えないほどである。フランスに知られたムリリョの聖母は、19世紀フランス浪漫主義者の絶賛をうけ、彼らの理想的な女性像として頌えられたのである。

そこで、受胎告知をバイブルのルカ伝の第一章から抜き出してみよう。

「その六月めに、御使ガブリエル、ナザレといふガリラヤの町におる乙女のもとに、神より遣さる。
この乙女は、ダビデの家のヨセフという人と許嫁(イイナズケ)なりし者にて、その名をマリアといふ。
御使、乙女のもとにきたりて曰(イワ)く
「めでたし聖寵(セイチョウ)満ちみてるマリヤよ、主、汝と伴にまします。」
(鳩は聖霊に満たされていることを示す)
マリアはこの言葉によりて、心いたく騒ぎ、
かかる挨拶は、如何なることぞと、想いめぐらしたるに、御使曰く
「マリアよ怖れるな、汝は、神のみ前に恵みを得たり。
視よ、汝、身ごもりて男子を生まん。
その名をイエスと名づくべし。
彼は、大ひなるいと高き者の子と称えられん。
また主たる神、彼に父ダビデの位を与へ給はば、
ヤコブの家を永遠(トコシエ)に治めん。
その国は、終わることなかるべし。・・・・・・」

マリア答えて曰く

「吾が心、主をあがめ
吾が霊は、救い主なる神を喜びたてまつる
そのはした女の低きを顧み給へばなり
視よ、いまより後、よろずの世の人、吾を幸ひとせん
全能者、吾に大ひなること、なし給へばなり
その御名は、神聖なり
その憐れみは
代々(ヨヨ)畏こみおそるる者に臨むなり
神は、み腕にて力をあらわし
心の高ぶる者を散らし
権力ある者を位より下ろし
いやしき者を高くし
飢えたる者を善き物に飽かせ
富める者を虚しく去らせ給ふ・・・」

このマリアの神への讃美も、大変有名でマニフィカートといい宗教音楽の一つとして多くの作曲家が手がけている。

演奏会用アリア「あなたのお心は今は私に」K.217

モーツアルトの演奏会用アリアの中でも、よく知られていて、管弦楽つきのソプラノ独唱の歌曲として今でもよく歌われている。1775年イタリアの作曲家ガルッピのオペラ「ドリーナの結婚」の挿入音楽としてザルツブルクで作曲された。ヒロインのドリーナの結婚への希望と不安がいきいきと歌われている。

                                              アドリーヌ・コロンボ嬢          フラゴナール

                                   

                     あなたのお心は今は私に
♪♪

                     貴男のお心は今は私に忠実だわ

                     恋に夢中の男の方らしく
                     でも、私の主人にお成りになったら
                     どうなさるの、お変わりになるの
                     神様本当のことをどうか教えて下さい
                     お心の変わりませんように
                     男の方の心は分からないわ
                     どうか誠実なお方でありますように
                     今までのように
                     どうか貴男を信じられますように
                     ・・・・・・

ザルツブルク時代の協奏曲
(The Concerto in Salzburg age)  

ザルツブルク時代の協奏曲には、ピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲フルート協奏曲フルートとハープのための協奏曲などがある。これらの協奏曲は、モーツアルトのインスピレーションが最も高く現れていて、天上的な至福の世界を奏でている。天上の天使が音楽を奏でているとすれば、たぶんこのような音楽だろうと想われるほど、爽やかさと、明るさと、愛らしさを感じさせる。しかも、音楽は、ヘンデルのハープ協奏曲のように、天上に昇っていくような印象を与える。ロココ様式は、自然の発見から始まったが、しだいに優美な愛の表現に高まっていく。モーツアルトは、古典派の音楽に愛の感情を込めることにより音楽におけるロココ様式を完成する。ここで、具体的な音楽を取り上げて、その音楽の風景を見ていこう。

ピアノ協奏曲第5番

モーツアルト17歳の時の事実上の第1協奏曲である。このころには、スペインを除きほとんどの国を巡り、当時のほとんどの古典派のスタイルを身につけていた。そのような青年モーツアルトが師クリスチャン・バッハに影響されて書いたのがこの協奏曲である。第2楽章のアンダンテ♪♪は、師クリスチャン・バッハのアダージョに相当する抒情的な楽章であり、何度聞いてもうっとりするような優しさがある。後に、モーツアルトはウィーンに出て、ピアニストとして観衆の面前に立つが、彼のピアノ協奏曲の中でも最も人気のある曲目あった。

                                時の少年より           ©竹宮恵子

                               

                      初めて その瞳に 出会ひし時
                      おそれ すでに 胸深く
                      追い出さんとすれども 余りに深く
                      しみ通るがごとく 沈みにけり

ピアノ協奏曲第6番(Mozart's Piano concerto No.6) 

モーツアルトのザルツブルク時代のピアノ協奏曲は、クリスチャン・バッハの影響が濃い。この協奏曲のピアノの清純さと色彩的な明るさは、少年モーツアルトの青春への憧れを表しているかのようである。

前景の清純な少年と、開け放たれた窓を中心にした明るい色彩的な背景が印象的である。この絵は、夢見る少年の青春への憧れが感じられる。このイメージは、そのまま、16歳で一流のオペラを作曲した、少年モーツアルトを想わせないだろうか。ピアノ協奏曲第6番(全曲)♪♪は、そのような少年モーツアルトの、青春への明るい憧れが感じられる。

                                   
©竹宮恵子

                          

             乙女の面影  大手拓次

          薄青ひ蔭に包まれた お前の面影には
          五月のほととぎすが 鳴ひてゐます
          薄青ひびろうどのような お前の面影には
          月の匂ひが ひたひたとしてゐます
          ああ みればみるほど 薄月(ウスズキ)のような乙女よ
          百合のように はにかんでばかりゐる乙女よ
          そっと指で触られても 真っ赤になるお前の面影は
          細ひ まゆ
          きれのながひ まなこの光
          ふっくらとして 白ひほおの花
          水草のような 柔らかひ唇
          谷間のように 深ひ胸
          いくどもふれあふ 微妙なふともも
          なにげなく前に垂れた つややかな御髪[ミグシ]
          ふくよかで紅葉[モミジ]のような かはゆひ御手[ミテ] 
          恥ずかしさと 夢とうつつとで
          しなしなと佇んでいる お前の面影


3台のピアノのための協奏曲第7番

モーツアルトは、1777年(21歳)マンハイム、パリ旅行に出る。マンハイムはカール・テオドール選帝侯の元で音楽が非常に盛んであった。シンフォニアの第3楽章にメヌエットを入れて4楽章形式にしたり、第1主題の後に抒情的な第2主題を置いてソナタ形式を原型をつくった。またクラリネットを入れて管楽器を重視し、音楽に色彩感をもたらした。通奏低音をやめヴァイオリンに主旋律を置き、近代的な古典派音楽の発展に大きく貢献した。

モーツアルトは選帝侯にも謁見して、オペラの作曲を希望したりしたが、受け入れられなかった。ウェーバー家の夫人と次女アロイジア、それに姉のヨゼフィーナのために書いたのが「3台のためのピアノ協奏曲第7番」だと言われている。特に次女のアロイジアは当時17.8歳で歌が巧みでありモーツアルトの気をひきつけた。モーツアルトは次第に夢中になり歌曲を贈って自らの恋を告白した。マンハイムに滞在する日程が長くなり、父親のレオポルトから催促の手紙が来るほどであった。

後ろ髪をひかれるような想いでマンハイムを立ちパリに向かった。パリはロココスタイルが盛んであり、優美なギャラント形式が流行り、有名な「フルートとハープのための協奏曲」や協奏交響曲などを作曲している。 モーツアルトの心は依然としてアロイジアに占められていた。パリでは母親の死に遭遇した。パリを去りマンハイムからミュンヘンの帰りがけに再びアロイジアに会ったが、アロイジアは彼の要求を退けた。初めて受けた大きな心の傷手に精神的なショックを隠すことは出来なかった。レオポルトには理由を告げずザルツブルクに帰郷した。

              ヒヤシンス       シュトルム

          遠くに楽の音 聞こへしが
          ここは ひとり静謐[セイヒツ]なり
          木々は放つなり まどろみたる甘き香を
          君を 想ふことなからんや(君を想わなかったことがあるだろうか)
          永遠[トワ]に 眠りたし
          されど君は 踊らざるを得ず

          踊りくるひて 休むいとまもなし
          灯火は燃へ ヴィオリンはかん高く
          踊る環 閉じたり開きたりすれど
          みな顔熱きを 君のみは青しか

          されど君は 踊らざるを得ず
          男の腕 交はされんとしても
          美しくもしなやかなる 君の姿見へん
          白き服着て 飛びゆかん

          夜の香り 甘やかに
          夢見るごとく 木々の花香りたり
          何ぞ君を 想ふことなからんや
          永遠に 眠りたし
          されど君は 踊らざるを得ず

                                   
©竹宮恵子

                        

この時代のモーツアルトは、マンハイムの協奏交響曲やパリのギャラント形式を受けて、モーツアルトのスタイルもロココスタイルに傾倒している。有名なフルート協奏曲やフルートとハープのための協奏曲などが作曲されモーツアルトのインスピレーションは頂点に達した。そのような時に出会ったアロイジアはモーツアルトの心に大きな影響を与えていると思う。

3台のピアノのための協奏曲は、マンハイムのウェーバー家 でアロイジアなどと弾かれたものである。抒情的でロココの風が吹いているような美しい曲である。

第1楽章♪♪はロココの風が吹いている清純な曲である。時めきがあり息づかいが感じられるようである。

第2楽章♪♪は、歌うような抒情的な楽章である。やはりロココの風が吹いている天国的な音楽である。

第3楽章
♪♪は幾らかテンポの早いロンドである。踊るような雰囲気で書かれているが、メロディーが美しく清らかである。やはりロココの風が吹いている。


ピアノ協奏曲第8番「リュッツォー」

この協奏曲も、ザルツブルクのリュッツォー伯爵夫人のために書かれたものである。特に
第2楽章♪♪はロココの風が吹いており、モーツアルトの作品の中で最も天国的な楽章であると思う。ここでは、当時のピアノフォルテ(クラヴィア)が使われており、雅びやかな音色がいっそう雰囲気を濃やかにしている。


                アミンタスに救われたシルヴィア  ブーシェ

                  

          
さふとは言はずして シュトルム

          さふとは 言はずして
          熱き唇を 重ね
          ときめく 胸の鼓動に
          愛の想ひを 伝えん

          臆病なる 小鳩のごとく
          離れては 抱(イダ)きつつ 
          恋のとりこに なりけるも
          語りたる 言葉を知らじ

          しなやかな身体(カラダ) 離さんとして
          赤き唇で 接吻せん
          君は 恥じたり
          さふと 言ふことを

          与えることを 何故恥じん
          何故 思ひ切らぬや
          何故 信じぬや
          瞳を みれば明らかなり

          憧れ 畏れつつも
          満ちたる杯は ついには溢れん
          恥じらひは 純愛に変はり
          畏れは 尊敬に変はり

                 瞳と瞳とは 永遠(トワ)の愛を語らんとす

ヴァイオリン協奏曲

モーツアルトは、1774年(18歳)の時ミュンヘンに行き、フランス風の華やかなギャラントスタイルに触れ、そのころから華やかなロココスタイルに傾倒していく。翌年ザルツブルクで歌劇「羊飼いの王様」(牧人の王)が演奏されたがロココスタイルの粋をいく明朗快活なオペラである。そしてその年に6曲のヴァイオリン協奏曲が作曲された。いわば、ロココスタイルが最高潮に高まる時に作曲されたわけで、6曲のヴァイオリン協奏曲は、明朗快活な華やかさと十代のモーツアルトの純粋さをあますことなく表している。翌年にはピアノ協奏曲8番、ポストホルン・セレナーデなどロココスタイルに傾倒した作品がつくられている。

         狩りから帰るダイアナ      ブーシェ


ヴァイオリン協奏曲第1番は、特に牧歌的で閑かなロココスタイルを満喫することが出来る。また音楽全体が清純である。

狩りから帰って来て足を洗っているダイアナとニンフ(森の妖精)が描かれているが、特にニンフの表情は清純で恋している乙女のように美しい。裸体画であるにもかかわらず、清らかなイメージの作品であると思う。

モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第1番の
第1楽章♪♪は、牧歌的で閑かな出だしで始まるが、メロディーは恋している乙女の心情を表すかのように清純である。

第2楽章♪♪は、夢見るような乙女の清らかな願いが込められているようである。モーツアルトの協奏曲の中でも特に美しい楽章である。ロココの風がほおを撫でるように吹いている。

              森のニンフ

          森に迷ひ  湖の畔(ホトリ)に至る
          緑と水面(ミナモ) 輝けり
          神霊のごとき  光あり
          疑ふらくは  翼もつ妖精かと
          あたかも  古代のニンフのごとし

          ニンフの頬は  紅潮し
          恋する  乙女のごとし
          薄き衣を  身につけ
          姿は 女神の彫刻のごと
          神々の御国より  来るらし

          初恋の人を  想はん
          近づかんとせば  振り向かん
          少年のごと  純真なり
          頬は  いよいよ紅潮す
          純情可憐な  乙女なり

          声は  天使のごと涼し
          輝く壺から  水をくみ
          清き器に入れて  勧めん
          甘きこと  蜜のごとし
          また  美酒に酔ふがごとし

          熱く  抱擁す
          静かに  接吻し
          優しく  乳房を愛撫す
          時を  失ひ
          愛の歓びに 満たされぬ

          恋を  約束せんとす
          天から翼もつ女神  下りて来ん
          ニンフ  初めて正気に戻り
          別れを  告げて
          翼広げて  去らんとす

第3楽章♪♪は、明るい出だしであるが牧歌的で閑かである。ヴァイオリンの音は清らかで美しい。



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